2009年6月 1日 (月)

最後のゴムデール

Gomudale090602 今日、文具店の四葉商会の営業の方が私を訪ねてきました。彼は私に青のゴムデールを差し出し、「ペンテルの人から柴さんにゴムデールを預かってきました。」と言われました。彼によれば、ペンテルの営業の人と会った機会に私のことを話したところ、会社に残っていたゴムデールを探してくれて、最後となったこの1本のゴムデールを私にプレゼントしてくれたそうです。

私はこのブログで以前にも書きましたが、現在でもゴムデールの愛用者で、ゴムデールは私のフィールドワークには欠かせない一品です。販売中止ということを知り、残っていたものをさがしましたが、どういうわけか青のボディーのゴムデールだけ見つかりませんでした。しかし、今日プレゼントされた「最後のゴムデール」は、なんと幸運にも、「青」のゴムデールでした。

Gomudale090601これで、赤、青、黄、緑、黒、そして白(白は贈答用として生産され店頭では販売されていない)のゴムデール全色がそろったことになります。青のゴムデールとともに、後継のTUFF0.5mもプレゼントしていただきました。しかし、この軸太のシャープペンは、ゴムデールと同様に消しゴムは出るものの、私の野帳カバーの鉛筆さしには入らないばかりか、本体から上部が外れやすく、私のフィールドワークではたぶん使用することはないと思います。

四葉商会の彼の話では、ペンテルでは贈答用の白も含めてゴムデールは本社展示場に展示してある以外に在庫がまったくなくなったそうで、今日頂いた青のゴムデールが会社に残っていた「最後の1本」ということでした。最後の光栄なるゴムデール、それも私の持っていなかった青のゴムデールを贈っていただき、ペンテルの方には大変感謝いたします。

私のブログでは、ゴムデールの愛用者がたくさん集まり、私のところに在庫があった時点では希望の方にお分けできました。販売される在庫がまつたくなくなった「ゴムデール」ですが、それがないと仕事に不便する人も含めて、まだまだその愛好者はたくさんおられます。今後、ゴムデール愛好者の声を集めて、「ゴムデール復刻版」の実現を可能なものにできればと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

大森貝塚とモース

Omori01 先日、大森に行ったときについでに、品川区の大森貝塚遺跡庭園によってきました。この貝塚を発見したモースは、魚の化石や氷河の研究で有名なアガシーの弟子で、明治初期の日本人の生活を知る貴重な資料である「モース・コレクション」の採集者でもあります。ここでは、エドワード・シルベスター・モース(Edward Sylvester Morse)について少し紹介したいと思います。

Omori02 モースは、1838年6月18日にアメリカのメイン州ポートランドに生まれ、少年時代から貝類の収集と分類に熱中していました。彼の採集と研究は、ハーバード大学ルイ・アガシー教授に認められ、アガシー教授は1859年から3年間彼の助手に採用しました。助手に採用されたモースは、ハーバードのLawrence Scientific Schoolで学び、1867年にハーバード大学のピーボディー博物館がセイラムにできたときに、アガシーの他の弟子とともにそこに勤めました。

モースがアガシーの助手になった1859年は、ダーウィンの「種の起源」が刊行された年でもあります。モースはアガシーから古生物学の基礎を学びましたが、進化論を受け入れなかったアガシーの考え方に疑問をもっていました。アガシーは、古生代に栄えた腕足類が現在では少なく、古生代からその形態をほとんど変えていないことから、進化論を否定する材料のひとつにしていました。そこで、モースは現棲腕足類を研究することが進化論の検証につながると考え、しゃみせん貝など現棲腕足類が多い日本を訪れました。

1877年の彼の39歳の誕生日に、モースは横浜港に着き、その翌日に汽車で東京に向かいましたが、大森付近でその左側の車窓から彼は貝塚を発見してしまいました。そして、9月にそこを訪れ発掘調査を行いました。それが大森貝塚です。

また、彼は江ノ島で貝類の採集中に、東京大学で動物学を教えることを依頼され、7月から大学で講義を行いました。同時に、日本初の臨海研究施設となる、江ノ島臨海実験所を設置しました。なお、彼は10月に日本ではじめてダーウィンの「進化論」を紹介した講演を行っています。

1979年6月に“Shell Mounds of Omori”という大森貝塚の発掘報告書を発行し、日本列島における石器時代の存在を立証するとともに、貝塚から出土した土器の縄目文様に注目しました。モースは、1879年9月はじめに帰国し、1880年にピーボディー博物館の館長となりました。

モースは生物学や考古学のみならず、日本の陶磁器や民具にも強い関心を持っていて、滞在中に日本各地を旅行して住居、服飾などのスケッチ、図面や写真を数多く残し、多くの陶磁器や民具、生活雑貨まであらゆるものを収集しました。1882年には収集のため再来日して、これらをボストン市に持ち帰りました。これらのものは、現在「モースコレクション」として、当時の日本人の生活を知る貴重な資料になっています。

モースは、1902年に日本で調べたものも含めた現棲腕足類の報告を出版し、1914年までピーボディ博物館の館長を勤めました。そして、1925年12月20日にセイラムで死去しました。晩年、関東大震災で東京大学の図書館の蔵書が全焼したことを知ると、1万冊を超える蔵書を遺言で寄贈しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

カメの特別展

Kame01bKame02b  カメは三畳紀に恐竜などともに現れ、甲らをもち防御に徹し、動きがおそい爬虫類ですが、現在でもそれなりに世界に広く分布して約300種ほどが生きています。カメの特徴はなんといって甲羅ですが、これは表皮が変化したもので、上下2枚からなり内側の骨の甲板は背骨や肋骨と完全に一体化しています。この展示会でカメのことを勉強して特に古地理学的なカメの分布についてとても興味深く感じました。

Kame04b カメには首をたてに曲げる潜頚類と、横に曲げる曲頚類の2つのグループがあり、潜頚類はほぼ全世界に分布しますが、曲頚類は南半球のかつてのゴンドワナ地域に分布しています。カメはジュラ紀にいろいろな種類が現れ、白亜紀におそらく現在型の潜頚類が北半球の大陸に現れ、それより古いタイプの曲頚類が有袋類などと同様に南半球に生き残れたと思われます。

Kame05bKame03b  現在繁栄しているヌマガメ、イシガメ、リクガメなどのいわゆるリクガメ上科のカメは、新生代になって多くの種類が現れたグループで、特にリクガメは始新世以降にアフリカや南アメリカに分布を広げました。ガラパゴス諸島やインド洋の島々など孤島にいるリクガメは、このときに分布を広げたカメの子孫たちで、その後そこが海に隔てられた孤島になったために生き残ることができました。なお、ウミガメは白亜紀に海に進出し繁栄しましたカメですが、現在は8種類しかいません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月17日 (金)

愛用品の展示その3

授業を受け持っている社会教育演習も3年目をむかえました。例によって、学生さんに筆箱の中の愛用品からテーマを抽出して、愛用品の展示を90分で作ってもらいました。今年の受講者は13人ですが、欠席2名で11人の作品をご覧ください。どれも、それぞれの個性が表現されて、なるほどと思えるすばらしい作品です。

P1010650b

P1010665b_2

P1010663b_3P1010669b_3P1010653bP1010655bP1010658bP1010657bP1010661bP1010671b     P1010667b_3 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月16日 (木)

ちょこっと北海道 その2

P1010438bP1010399bP1010419bjpgP1010434b    旭川では、旭川ターミナルホテルの旭山動物園無料送迎プランを使って動物園を見学しました。平日にもかかわらず、大勢の人が動物園に来ていました。この動物園の人気の秘密は、動物をとても間近に見れることで、同一空間に人と動物がいる感覚を味わえることだと実感しました。

P1010355bP1010375bP1010407bP1010409b    園内にはそれ以外にも、職員の手によるいろいろな工夫もありましたが、来園者はあまり関心を示しているようでもなかったと思われます。資料館では特別展もやっていましたが、訪れる人はほとんどありませんでした。旭山動物園の木々は紅葉していて、各動物展示館の雑踏をよそに、しばし晩秋の木立の雰囲気を楽しみました。

P1010471bP1010475bP1010503bP1010559b    旭川から札幌経由で小樽に行き、夜の運河沿いを散策して、天狗山からの夜景を楽しみました。次の日は、小樽市総合博物館に行きましたが、そこは鉄道博物館でした。しかし、小樽港や手宮駅などの歴史と機関車も見れて、意外と楽しめました。別館の運河館で、消防犬「文公」も見て、北一硝子など立ち並ぶ商家街を散策しました。小樽では寿司を食べてしまい、小樽ラーメンは食べられませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月15日 (水)

ちょこっと北海道 その1

10月はじめに北海道(釧路→札幌→旭川→小樽)にちょこっと行ってきました。

P1010165bP1010188bP1010202bP1010231b  襟裳岬を横に見て、釧路空港に着き、タンチョウ園でタンチョウを見て、釧路湿原の展望台へ。展望台では、昼食にカキラーメン。今回の旅行のテーマのひとつ「ラーメン」の1番目は、釧路の牡蠣ラーメンとなりました。その付近を散策して、湿原を遠望しました。すでに山には紅葉も始まっていました。

P1010273bP1010248bP1010242b   市内では、25年前にできたという市立博物館に行き見学しました。展示手法はやや古い感じはしましたが、展示自体はとてもきれいで、展示内容もしっかりしたものでした。海岸では海に傾斜する根室層群の地層の崖を見ました。その丘の上に太平洋炭鉱の資料館があったので、次の日に見学に行きました。

P1010282bP1010285bP1010298bP1010302b    資料館は、とても小さいものでしたが、地下に模擬炭鉱があり、係の人が時間をかけてじっくりと説明をしてくれたので、太平洋炭鉱の歴史や採掘の方法など十分に理解することができ、とても参考になりました。太平洋炭鉱は現在でも稼動していて、実際に石炭を生産している方からいろいろな話を聞けました。

P1010310bP1010319bP1010318bP1010321b    そのあと、「まるひら」のラーメンを食べました。このラーメンは、かつおだしでとてもあっさりしていて、他にないおいしさがありました。駅までもどり市場をめぐり、新しくできた禁煙のスパーホテルの前のバス停から空港に行き、ボンバルディアに乗って札幌丘珠空港、札幌駅から旭川へ行って夜、旭川の梅光軒のチャシューラーメンをいただきました。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 5日 (火)

ゴウヤ

Goya01bGoya02bGoya03bGoya04b    我が家では、昨年からベランダでゴウヤ栽培をしている。夏のゴウヤ料理が好きなこともあり、また東側の窓から強い日差しが入るため、それを防ぐためにもゴウヤは最適だったからです。ゴウヤは成長が早く、暑い真夏にはグングン伸びて、また実もつぎつぎとなり、あっという間に大きくなる。実をとるのが遅れると熟しすぎて黄色くなってしまう。まだまだ、暑い日が続く。うちのベランダのゴウヤも、その季節のまっ最中です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月 3日 (木)

野帳の記載

【ビジネスメディア誠】や【マーケティング・ブレイン】といううウエブサイトで、マーケティングエッセイを連載している郷好文のページに、私の「野帳」が紹介されました。ついでに、野帳を書くためのゴムデールも紹介されていますので、このブログでも紹介します。

【ビジネスメディア誠】
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0807/03/news119.html
【マーケティング・ブレイン】
http://marketing-brain.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_8fd5.html

Fieldnote02Fieldnote03   野帳は私のフィールドワークにはかかすことができない、記載ノートです。野外での地質の観察やその記録をこのノートと地図に行います。基本は自分で歩きながら作成するルートマップですが、最近では1/2500の地図があり、その地図に書き込みます。しかし、地図では書ききれなかったり、またファイルされずなくなったりするので、できるだけ情報は野帳に書き込みます。また、観察の結果やそれにいたった考えなども書き留めておきます。少し余裕があれば、風景のスケッチもしたりしました。時系列のこのノートは私の調査記録そのものです。

Fieldnote01私の地質調査用の野帳は地学団体研究会の「頭とハンマーで」とタイトルのついた赤いA6版の野帳を、岩本鉱産物商会がかつて販売していた野帳カバーをつけて愛用しています。野帳にはルートマップや岩相柱状図、スケッチや気がついたこと、調査のまとめが書かれています。

Fieldnote04 地質調査だけでなく、博物館や恐竜展見学のときにも、展示場でルートマップを作成して記載し、展示場と展示の見取り図を作成したりします。方向はシルバーコンパス、距離は歩測、これもルートマップと同じです。

モンゴルのゴビ調査では、30分ごとにGPSで測定した位置と、その時の場所の地名、出来事、気がついたことなど、野帳に書き込んでました。風景のスケッチは、ランチの後などのほか、時間がなくても車の中からでもしました。現場で何を見て、何を記載できるかが、勝負です。その時の「時間」を大切に使いたいものです。
http://www.dino.or.jp/mongol/sketchbook.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月29日 (火)

アオイガイとタコブネの化石

Aoigai02 海洋科学博物館に、生きているアオイガイが展示されました。たまたま、三保の海で発見されたものが、採取されて博物館(水族館)にきました。アオイガイは貝殻を二つあわせると葵の紋のような形になることからついた名前で、貝をもつタコ(カイダコ)の仲間です。

Aoigai01 カイダコの雌は自分で船(殻)をつくり、その中に卵を抱え育てながら海洋を漂う珍しいタコということや、熱帯から亜熱帯の海にすむため、日本には黒潮に乗って漂着することがあるということは知っていましたが、なかなかその姿を見た人は少ないと思います。私自身も生きている姿を見たことはなく、どのように生きて泳いでいるか、今回その姿を見るまで知りませんでした。

Takobune01 2000年に掛川でクジラ化石の発掘をしたときに、カイダコの仲間でもあるタコブネ(フネダコの殻)の化石を発見しました。世界でも初めてか二番目の発見で、200万年前の掛川の地層から出たことから、現世種が200万年前からいたことが明らかになった貴重な化石です。今、博物館では生きているカイダコと化石のカイダコの両方が見られます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年1月 3日 (木)

特別展「化石を掘ろう」

P102056401P102055901  あけまして、おめでとうございます。今年もよろしく。今年は元旦から博物館が開館してお仕事をしていました。昨年末までに特別展「化石を掘ろう」の展示を終了し、現在開催しています。この特別展では、化石のことやいろいろな化石について紹介し、実際に化石をクリーニングしてもらうところも用意してありますので、ぜひおいでください。

P102056501 この特別展では、静岡県の化石コレクター2人とその化石を紹介しています。ひとりは、掛川層群の化石コレクターの田辺 積さんです。田辺さんの膨大な化石コレクションと、その化石を教育的に活用されていることについては、いつも頭のさがる思いがしています。今回は、同じ産地の同じ種類の貝化石を大量に並べたものと、珍しい貝化石を展示させていただきました。飛鳥から採取されたたくさんのヤクラモシオガイは壮観です。これらはほんの一部で、さらにこれらをひとつひとつクリーニングされたこも、化石にかける思いがうかがえます。

P102056601 さて、二人目は宮沢市郎さんです。宮沢さんは、私たちの編集した日曜の地学「静岡の自然をたずねて」を見て化石採集をはじめ、私たちが以前シカの足や肋骨の骨化石の一部を発見した富士川河床の庵原層群から、シカの角化石を発見されました。さらに今回は、私たちの発掘サイトをひとりで再発掘されて、頭骨を含むほぼ一体分のシカの骨化石を発見し、それを2年かけてひとりでほとんどをクリーニングされました。

また、静岡県からはアンモナイトの化石がほとんど知られていないことから、なんとか化石を発見しようと、いろいろな場所を探し、水窪でとうとうアンモナイトの化石を発見しました。今回は、シカの骨格化石とアンモナイトの化石を初公開させていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«お町のイルミネーション